に泣かされた」
 婆さんは深い歎息まじりに、しんみりとした調子で、
「いや、世の中は広うおす。世の中は広うおすわい。……実の子やったら、あの商売はさせられまへん。本当の親にそれがさせられよったら、鬼どす。鬼でのうて真実のわが子にそれがさせられるものやおへん」と、つくづく感じたようにいっている。
 私は、心の中で、それを、いろいろに疑ってみた。はたして血を分けた母子《おやこ》の仲でないとすると、自分に対する考えも彼女と母親との腹は一つでないかも知れぬ。
「それを彼女《あれ》が自分で、こうだというのですか」
「ええ、姉さんそうおいいやした。……今のお母はんには何度も子供が生まれても、みんな死んでしもうて、大けうなるまで育たんので、自分はまだ三つか四つかの時分に今の親に貰われて来たのどすて。それで生みの親はどこかにあるちゅうことだけ聴いてはいるが、どこにどないしているかわからんのやそうや。それやよって、二人の間がいつも気が合わんので年中喧嘩ばかりしているけど、何でも自分の心を屈《ま》げて親のいうことに従うておらんならんいうて、姉さん今えろう泣いてはりました。私もほんまに貰《もら》い泣きをしま
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