お婆さん、わたし、今姉さんから話を聴いて呆《あき》れた。……」越前屋の主人は、あとの句も続かぬように湿っぽい調子になっている。
「なんでや?」
「なさぬ仲やの。……」と、声を秘《ひそ》めていって、「私、今はじめて聴かされた。そんなことがないか知らん思うとったんや。やっぱりそうやった」と主人は、ひどく人情につまされている。
 婆さんは、それを聴くと、これはまた傷《いた》ましさに耐えられないように仰山に顔を顰《しか》めて、
「可哀そうに……」と、呆れた口を大きく開いて一句一句力をこめていって、うなずきながら、「そうか。それで皆読めた。……生《な》さぬ仲やと……」二度も三度も思い入ったように、それを繰り返して、もっともだというように、「……いえ、そうでもござりますやろ。……それでは話がまた一層ややこしゅうござります」
と、ようやく我に返った調子で、ひとり語《ごと》のようにいって沈吟している。
 私はしばらく口を噤《つぐ》んで二人の話をじっと聴きながら最初は自分の耳を疑って訊き返してみた。主人は「ええ、真実の子やないのやそうにおす」と、私に答えておいて、「姉さんそれで今えろう泣いてた。私も一緒
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