であった。そして心の中で、どうか、これが真実の母子でなくってくれたら好い、何かしかるべき人が内証の落胤《らくいん》とでもいうのであったならば……というような空想を描いたことも事実であった。が、そう思うたびにいつでもそれを、そうでないと、語っているかのごとく、私に考えさするのは二人の耳の形であった。それは、二人とも酷《ひど》く似た殺《そ》ぎ耳であって、その耳の形が明らかに彼らの身の薄命を予言しているかのごとく思われていた。
そして今、越前屋の主人が女から聞いて来たとおりに真実なさぬ仲であるならば、これまでに幾倍してひとしお可愛さも募る思いがするとともに、今人手に取られたようになっている女を自分の手に取り返す見込みも十分あるのであるが、主人の聞いて来た話によって、私はやや失望の奈落《ならく》から救い上げられそうな気持になりかけながら、そうなるとまた一層不安な思いに襲われて何だかあの耳一つが気にかかってくる。
「そうですかなあ……なるほどそういえば、顔容《かおかたち》にどこといって一つ似たところはないのですが」と、いって私は心に思っている耳の話をして、「始終親子でいい諍《あらそ》いすること
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