、隆盛が碁盤の上に立たして、片手でぐっと差し上げたことなどあった。婆さんはそれを一つばなしに今でも折々人に話して聴かすのであった。私は、何のことはない、ちょうど、毛剃九右衛門《けぞりくえもん》の前に引き出された小町屋宗七《こまちやそうしち》といったような恰好《かっこう》で、その婆さんの前に手を突いて、
「いろいろとんだ御厄介をかけます。全体あなたに昨日《きのう》一応話をおねがいしておいたのですから、その返事を待っていればよかったのですが、今晩自分が勝手に隣の家へ入り込んで来て、こんなことになったものですから」
何によらず対手《あいて》の仕向けが少し気に入らないと、すぐ皮肉に横へ外《そ》れて出ようとする風の老婆と見たので、昨日の朝も、向うから、及ばずながら、仲に入って話してみましょうといってくれたのを幸いにちょっと頼んでおいたゆきがかりがあったから、そういって一言いいわけをすると、婆さんはぎょっと顔中を顰《しか》めたように意地の悪そうな眼をむいて、
「いいや、こんなことに年寄りの出るところやおへん」と一克《いっこく》そうに、わざと仰山《ぎょうさん》に頭振《かぶ》りをふったかと思うと、
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