す」といって出てゆこうとしながら、じっと女の方をなおよく見ると、平常《ふだん》から大きい美しい眼は、今にも、ちょっと物でも触《さわ》れば、すぐ泣き出しそうに、一層大きくこちらを見張って、露が一ぱい溜《たま》っている。私はその眼に心を残しながら、合壁《あいかべ》の隣家へ入っていった。
四
そこの家《うち》も、女の家と同じ造りで三間《みま》の家であったが、もうこの間から、そのことで、ちょいちょい顔を見合わして、口も利《き》いている七十余りの老婆は酒が好きと思われて中の茶の間の火鉢の前に坐って、手酌《てじゃく》でちびりちびり酒を飲んでいた。もう大分|上機嫌《じょうきげん》になっていたが、見るから一と癖も二た癖もありそうな、癇癪《かんしゃく》の強いぎょろりとした大きな出眼の、額から顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》のあたりが太い筋や皺《しわ》でひきつったようになって、気むずかしいのは、言わずと知れている。
そこには、その老婆のほかに主人の若い女房がいて庭に立ち働いていたり、主人の妹らしい三十くらいと二十《はたち》余りの女が来合わしていたりして、広くもない座
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