れを聞くと、私は、とても箸《はし》にも棒にもかからぬわからずやだとは、承知しているので、もう、なるべく母親とは、何をいわれても、口を利かぬ、相手にもせぬようにしておろうと堪《こら》えていても、やっぱり堪えきれなくなって、私は、上り框に下りかけたまま、
「何をいう」と、そっちを振り顧《かえ》って、「きっと、そんなことだろうと思っているのだ。よし、そんならもういい。もうどんなことがあってもここを立ち退《の》かないのだから、いつまでもここに居据《いすわ》っていましょう。……お隣りの親方、御免なさいよ」と、いって、私はまたもとの座に戻って坐った。
すると越前屋の親方は、
「まあ、ほんなら、兄さんちょっと私のところへ往てとくれやす。私が引き受けて一応お話をしてみますよって。お母はんも、もう、ちょっと静かにしてとくれやす。隣家《となり》が近うおすよって。そのことは私が、後でよう聴かしてもらいます」
と、いって、双方を宥《なだ》めようとする。
それで私はまた物わかりのよい子供のように素直に、隣家の主人のいうことを聴いて、
「それではちょっとお宅へ往ってお邪魔をしていますから、どうぞよろしく頼みま
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