られまへんよって、何とかお話をしてみようと思うたのどすけど、松井さんやったら、よう、今までのことも知ってはりますやろから」
「わたし後で往きますよって、あんたはん先き往とくれやす」と、やっぱり落ち着いた調子でいう。
 私は頭振《かぶ》りをふって、
「それじゃいけない。私を先きに出しやっておいて、ここからまた閉め出そうとするのだろう。今晩はもうその手は喰わないんだから」
「そんなことしいしまへん。あんたはん一足先きいてとくれやす。わたしちょっと遅れて往きます」
「ああそうか、たしかに来るね?」
「ええ往きます」
 隣家《となり》の主人も、長い間の入りわけを知っている、以前《まえ》の主人のところに往って話を聴いてもらうのが一等よかろうと言ってすすめるので、私はその気になって起って庭に下りようとすると、さっきからまるで狂気になって、何か彼かひとり語《ごと》をくどくどと繰り返して饒舌《しゃべ》りつづけていた母親は、私が立って上り框から庭に下りようとするのを見て、
「貴様ひとりで、勝手にさっさっとうせえ。内の娘《こ》はそんなところへ出て往く用はない」といって、またいつもの悪態を吐《つ》く。
 そ
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