はそれを宥《なだ》めて、
「お母はん。まあそういわんと、話はもっと静かにしててもわかりますよって」といって、こんどは私の方に向い、
「兄さん、えらい済んまへんがちょっとあんたはん私のとこへ往《い》とっておくれやす。……いえ、私も及ばぬながらこうして仲に入りましたからにはこのままには致しまへんよって」と、いう。
けれども私は、今までもう幾度か、いろんな人間が仲に入ったにもかかわらず、それらは皆母親に味方して、邪魔にこそなれ、こちらの要求するとおり、一度だって、肝腎《かんじん》の本人に差向いに会わしてくれて納得のゆく話をさする取計らいをしてくれようとはしなかった、それを思うて、私は幾度か腹の内で男泣きに泣いて、人の無情をどんなに憤ったか知れなかった。これまでは、自分の熱愛する女がそうせよというなら、もう一生京都に住んで京の土になっても厭いはせぬとまで懐《なつ》かしく思っていたその京都を、それ以来私はいかに憎悪《ぞうお》して呪《のろ》ったであろう。出来ることなら、薄情な京都の人間の住んでいるこの土地を人ぐるみ焦土となるまで焼き尽してやりたいとまで思っているのである。他人はことごとく無情であ
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