物の菓子器の彼方《むこう》にいろいろな男の影が見えるような気がした。
 女はよく二つ並べた箪笥の前に坐って鍵《かぎ》をがちゃがちゃいわせていたが、
「あんたはんに見てもらいまよか」といって、衣装戸棚の中からいろんな衣類をそこへ取り拡《ひろ》げて見せたりした。大島紬《おおしまつむぎ》の揃《そろ》った物やお召や夏の上布《じょうふ》の好いものなどを数々持っていた。
「大変に持っているじゃないか。それだけあればたくさんだ」
「それら皆、あんたはんにいただいた物で拵《こしら》えましたのどす」母親もいて、次の間からこちらを見ながらそういっていたが、そうばかりでもなさそうであった。
「これもあんたはんので……」と、いいながら彼女は一枚一枚脇へ取り除《の》けてゆくうちに、ついこの間の夜着ていた金茶の糸の入った新調らしいお召し袷衣《あわせ》に手がかかった時、私が、
「それも?」といって、訊くと、なぜか、彼女も母親もそれには黙っていた。
「こんなに持っていれば安心じゃないか」そういうと、母親は、
「まだまだあんたはん、たんと持っていましたのどすけど、上京《かみ》から祇園町《こっちゃ》へ来るようになった時、
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