ならば、私も遠くにいて長い間会わなくっても、及ばずながら心配して上げた効《かい》があったというものだ。うう好い箪笥を置いて」私はそういいながらなお立っていると、
「まあ、どうぞここへお坐りやして」と、母子《おやこ》ともどもして言う。
やがて火鉢の脇《わき》の蒲団に座を占めて、母親は次の間の自分の長火鉢のところから新しい宇治を煎《い》れてきたり、女は菓子箱から菓子をとってすすめたりしながらしばらく差向いでそこで話していた。
「長いことあんたはんにもお世話かけましたお蔭で私もちょっと楽になったとこどす」
自分でもよく口不調法だといっている彼女は、たらたらしい世辞もいわず、簡単な言葉でそんなことをいっていた。
私はいくらか咎《とが》めるような口調で、
「そんならそれと、なぜ、もっと早くここへ来てくれ話をするとでも言ってくれなかったのだ。一カ月前こちらへ来てからばかりじゃない、もう今年の初めごろから、あんなにやいやい喧《やかま》しいことを言ってよこしたのも、それを知らぬから、いらぬよけいな憎まれ言をいったようなものだった。こうして来てみて私は安心したけれど」
すると、母親も次の間の襖の
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