く変って、打ち融《と》けた調子で微笑《ほほえ》みながら、
「お越しやす。先ほどはえらい失礼しました。こんな、むさくるしいところに来てもろうて、済んまへんけど、あこよりここの方が気が置けいでよろしいやろ思うて」と、彼女はお世辞のない、生《うぶ》な調子でいって、八畳の座敷の方に私を案内した。
私はもう、それで、すっかり安心して嬉《うれ》しくなってしまい、座敷と座敷の境の閾《しきい》のところに立ったまま、そこらを見廻すと、八骨の右手の壁に沿うて高い重ね箪笥《たんす》を二|棹《さお》も置き並べ、向うの左手の一間の床の間にはちょっとした軸を掛けて、風炉釜《ふろがま》などを置いている。見たところ、もう住み古した雑な座敷であるが、それでも八畳で広々としているのと、小綺麗に掃除《そうじ》をしているのとで何となく明るくて居心地が好さそうに思われる。座敷のまんなかに陶物《せともの》の大きな火鉢を置いて、そばに汚れぬ座蒲団《ざぶとん》を並べ、私の来るのを待っていたようである。私は、つくづく感心しながら、
「これは好いところだ、こんなところにいたのか。いつからここにいたの。まあ、それでもこんなところにいたの
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