な古いことまでいっていた。
 女もそこに坐って、黙って母親と私との話を聴いていたが、大きな黒い眼がひとりでに大きくなって充血するとともに玉のような露が潤《うる》んだ。
「もう古いことどすやろ」と、彼女はただ一口おとなしく言って、母親の話もそれきりになった。
 その後夏の終りごろまでも京都の地にいる間たまに母親のところへも訪ねていってそのたびごと女の後々のことなど繰り返して話していたのであった。振り顧《かえ》って指を折ってみると、もうあの時から足かけ五年になる。
「おかあはん、あなたがどうしておられるか私、始終、心にかかっていたのです。手紙のたびにあなたのことを訊ねてもどこにいるのか、少しも委《くわ》しいことを知らないものですから、一向|不沙汰《ぶさた》をしていました」
「滅相もない。私こそ御不沙汰してます。あんたはんが始終無事にしといやすちゅうこと、いつもあの娘《こ》から聞いていました。ほんまにいつもお世話になりまして、お礼の申しようもおへんことどす」
 月の下の夜道をそんなことを語り合いながら私たちはもう電車の音も途絶えた東山通りを下へしもへと歩いていった。そしてしばらく行ってから母
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