下さい」
「そうどすか。そやったら、どうぞええ時およびやしておくれやす」お今さんは、そのまままた静かにさがっていった。
 時刻はだんだん移って、障子開けてそうしているのが冷えすぎるくらいに夜も更《ふ》けてきた。ああ言っていったが、女はいつになったら本当に使いをよこすだろう。もう、そろそろここの家《うち》でも門を締めて寝てしまう時分である。もしこのままに放棄《ほう》ってしまうようなことでもしたら、どうしてやろう。いっそ、このまま床を取らして寝ておろう。生なか目を覚《さ》まして起きていると、そのことばかり思って苦しくていけない、眠って忘れよう。そんなことを思いながら、またうとうとしているところへ、廊下を急ぐ足音にふと目を覚まされると、女中が襖《ふすま》の外に膝《ひざ》をついて、
「お手紙どす」と、いって渡す封書を手にとってみると、走り書きの手紙で、「先ほどは失礼いたしました。まことにむさくるしいところなれど一しょにおこし下されたく候《そろ》。あとはおめもじのうえにて」と書いてある。状袋を裏返してみたが、処《ところ》も何も書いていない。
「お今さん、どんな使いがこれを持ってきた」女中に訊ねる
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