た、何をいっているのか、私には少しもわからない。かえってから後にいうとは。そんなら今ここでいったらいいじゃないか」
「ほんなら、私帰ってすぐあとで使いに手紙を持ってこさします」
「せっかくここへ来て、すぐまた帰るというのが私にはわからないなあ。あんた、もう私に逢わないつもりなの?」
「ちがいます。私またあとで逢います」
「なあんのことをいっているのだか、私には少しも合点《がてん》がゆかぬ。しかしまあいい。それじゃお前の好きなようにおしなさい。どんなことをいってくるかあんたの手紙を持ってくるのを待っているから。必ず使いをよこすねえ」
「ええ、これから二時間ほどしてから俥屋《くるまや》をおこします。ほんなら待ってとくれやす」
そういいおいて、彼女は静かに立ち上って廊下の外に消えるように帰ってしまった。私はまた変な不安の念《おも》いを抱《いだ》きながら、あまり執拗《しつよう》に留めるのも大人げないことだと思って女のいうがままにさしておいた。開放した濡縁《ぬれえん》のそとの、高い土塀《どべい》で取り囲んだ小庭には、こんもり茂った植込みのまわりに、しっとりとした夜霧が立ち白んだようになって、い
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