」と、謎のようなことをいう。
 私は思わず胸をはっとさせて、じっと女の顔を見ながら、
「帰りますって、お前、やっと今来たばかりじゃないか。なぜそんなことをいうの。さっきの袖菊《そでぎく》へいけば、あそこでは話がしにくい、此家《ここ》へ行っていてくれと、あんたがいうから、私はここへ来たじゃないか。一体お前の体のことはどうなっているの? 私ももう四年五年君のことを心配しつづけて上げて、今日になっても、五年前と同じように、やっぱりずるずるでは、とても私の力には及ばない。私は、先日うちから幾度も手紙でいっているとおり、今度もあんたと遊ぶためにこうして今日は来たのではない。そのことを訊こうと思って来たのだ。君はいつまで商売をしている気でいるの?」
 私は腹を立てたような、彼女のために憂いているような、なんどりした口調で訊ねるのであった。けれど彼女は、口ごもるようにして、それには答えず、
「それはまたあとでわかります」と、困ったようにしかたなく笑っている。
「あとでいいます言いますって、それが、あんたの癖だ。もうそれを言って聴かしてくれてもいい時分じゃないか」私もしかたなく笑いにまぎらしてとい詰め
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