んだん疑いも解け、その気になり、
「じゃ、そうするから、きっとあそこへ来なければいけないよ」と、根押《ねお》しをして、その上もうあまりくどくいわぬようにして、そこの家は体《てい》よくして、二人は別々に出て戻った。
それから私はまた、いつかの下河原の家へ行って待っていた。それは日の永い五月の末の、まだ三時ごろであったが、彼女は容易にやって来なかった。悠暢《ゆうちょう》な気の長い女であることはよく知っているので、そのつもりで辛抱して待っていたがしまいには辛抱しきれなくなって、いいようのない不安の思いに悩まされているうちに、高い塀に取り囲まれている静かな栽庭《にわ》にそろそろ日が影って、植木の隅《すみ》の方が薄暗くなり、暖かかった陽気が変ってうすら寒く肌《はだ》に触《さわ》るようになってきた。それでもまだ女の顔は見られなかった。不安のあとから不安が襲ってきて、いろいろに疑ってみたが、あんなにいっていたからよもや来ないことはあるまい。そんな背を向けて欺き遁《に》げるような質《たち》の悪い女ではないはずである。そんなことをする女を、おめおめ四、五年の長い間|一途《いちず》に思いつめ、焦がれ悩ん
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