んな話になるのだい? こんなに長い間顔を見たいのを堪《こら》えていたのも、後を楽しみにしているからじゃないか」
 そういって、今まで手紙のたびに幾度となく訊《たず》ねている彼女の境遇の解放について重ねて訊ねたが、女は、ただ、
「そのことはまた後でいいます」といったきり何にもいおうとしない。
「また後でいいますもないじゃないか。何年それを言っていると思う」
 二人はちゃんと坐って向い合いそんな押し問答をしばらく繰り返していたが、彼女は黙って考えていたあげく、謎《なぞ》のように、
「ここではそのことも言えませんから、私、かえります」と、いう。
 私は、少し眼の色を変えて、
「妙なことをいう。ここで言えないで、どこでそれを言うの?」
「あんたはんがようおいでやす下河原の家へこれからいて待っとくれやす。そしたら私あとからいきます。ここの家から一緒にゆくのはここの家へ対していけまへんやろ。それから私一遍家へ去《い》んで、あっちゃから往きます」女の持ち前の愛想のない調子でそんなことをいう。
 私はまた女のいうことにいくらか不安をも感じたが、本来それほど性情の善《よ》くない女とは思っていないので、だ
前へ 次へ
全53ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング