そして傍へ来ても、「お久しゅう」とも何とも言わずに黙ってそこへ坐ったままである。どんなことがあっても彼女は決して深く巧んだ悪気のある女とは認めないが、対手のいうことがあまり腹の立つようなことを言ったり、くどかったりする時にはさながら京人形のようにその綺麗《きれい》な、小さい口を閉じてしまって石のごとく黙ってしまうのである。その気心をよく知っているので、私は、こちらでもややしばらく黙って、わざとらしく、じろじろ女の顔を見ていたが、やっぱりついに根まけして、
「京人形、京人形の顔を二年も見なかったので、今そこへ来た時にはほかの人間かと思った」戯弄《からか》うようにそういうと、彼女はそれでも微笑もせず、反対に、
「あんたはんかてあんまりやおへんか」
 彼女は美しい眉根を神経質に顰《しか》めながら、憤《いきどお》るようにいう。私は「えらい済まんこと」くらいはいうであろうと思っていたのに、向うからそんな不足をいうので、何という勝手な女であろうと思って、腹の中で少しむっとなったが、また、そんなぺたつくような調子の好いことをいわぬのがかえって好くも思われる。
「一年と半とし見ないんだよ。そして一体ど
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