ような頸筋《くびすじ》から半襟《はんえり》に被《おお》いかぶさっていた。
それは物のいい振りや起居と同じように柔和な表情の顔であったが、白い額に、いかつくないほどに濃い一の字を描いている眉毛《まゆげ》は、さながら白沙青松《はくさせいしょう》ともいいたいくらい、秀《ひい》でて見えた。けれど私に、いつまでも忘れられぬのはその眼であった。いくらか神経質な、二重瞼《ふたえまぶた》の、あくまでも黒い、賢そうな大きな眼であった。彼女は、決して、人に求めるところがあって、媚《こび》を呈したりして泣いたりなどするようなことはなかったけれど、どうかした話のまわり合わせから身の薄命を省みて、ふと涙ぐむ時など、じっと黙っていて、その大きな黒眸《くろめ》がちの眼が、ひとりでに一層大きく張りを持ってきて、赤く充血するとともに、さっと露が潤《うる》んでくるのであった。私は、彼女の、その時の眼だけでも命を投げ出して彼女を愛しても厭《いと》わないと思ったのである。そのころは年もまだ二十を三つか四つ出たくらいのもので若かったが、商売柄に似ぬ地味な好みから、頭髪《かみ》の飾りなども金あしの簪《かんざし》に小さい翡翠《ひ
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