がすぐ眉に迫り、節のすなおな、真青な竹林が家のうしろに続いていたりした。私は、山の方に上がってゆく静かな細い通りを歩いて、約束の、真葛《まくず》ヶ原《はら》のある茶亭の入口のところに来てしばらく待っていた。そこは加茂川ぞいの低地から大分高みになっているので、振り顧って向うの方を見ると、麗らかに照る午《ひる》さがりの冬の日を真正面に浴びた愛宕の山が金色に輝く大気の彼方にさながら藍霞のように遠く西の空に渡っている。そして、あまり遠くへゆかぬようにしてそこらを少しの間ぶらぶらしているところへ、こちらに立って、見ていると細い坂道を往来の人に交ってやって来るのは、まぎれもない彼女である。それは、去年の五月以来八、九カ月見なかった容姿《すがた》である。だんだん近くなってくると、向うでもこちらを認めたと思われて、にっこりしている。銀杏返《いちょうがえ》しに結った頭ッ《かみ》を撫《な》でもせず、黒い衿巻《えりまき》をして、お召の半コートを着ている下の方にお召の前掛けなどをしているのが見えて、不断のままである。
「私をよく覚えていたねえ」と、笑うと、
「そら覚えていますさ」
「今そこで宿をきめたのだ。知
前へ 次へ
全53ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング