立っているかのようである。私は約束の時間をちがえぬように急いでそこを出ていった。京都の冬の日の閑寂さといったらない。私はめずらしく、少しの酒にやや陶然となっていたので、そこから出るとすぐ居合わす俥《くるま》に乗って、川を東に渡り建仁寺の笹藪《ささやぶ》の蔭《かげ》の土塀《どべい》について裏門のところを曲って、だんだん上りの道を東山の方に挽《ひ》かれていった。そして静かな冬の日のさしかけている下河原の街を歩いて、数年前一度知っている心あたりの旅館を訪《と》うと、快く通してくれた。それを縁故にして、その後もたびたびいって泊ったが、そこの座敷は簡素な造りであったが、主人が風雅の心得のある人間で、金目を見せずに気持ちよく座敷を飾ってあった。私は厚い八端《はったん》の座蒲団《ざぶとん》の上にともかくも坐って、女中の静かに汲《く》んで出した暖かい茶を呑《の》んでから、さっき女と電話で約束した会合の場所が、そこからすぐ近いところなので、時計を出して見い見い遅刻せぬようにと、ちょっとそこまでといい置いて、出て行った。そこらは、もう高台寺《こうだいじ》の境内に近いところで、蓊欝《おううつ》とした松の木山
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