」
「そやから、どうもしいしまへん」
「でも向うではお前が好きなのだろう」
「そりゃ、どや知りまへん」
母親のいない時など私たち二人きり座敷で遊んでいて、そんなことを話すこともあった。女はいつも無口で真面目《まじめ》なようでも打ち融けてくると、よくとぼけた戯談《じょうだん》を言った。
母親がどこかへ行っていない時、宵《よい》のうちから私が疲れたといって、床を取ってもらって楽枕《らくまくら》をして横になっている傍にきて彼女は坐っていたが、急に真面目になって、
「私、あんたはんにはまだいいまへなんだけど、本当は一人子供が出来たんどっせ」と、いう。
私は初めは疑いながら、じっと女の本当らしい眼のところを見て、
「※[#「※」は「言+虚」、第4水準2−88−74、409−下−4]《うそ》だ」というと、
「うう」と、女は頭振《かぶ》りをふって、「ほんまどす」という。
「それは、そんな商売をしていたって、全く例のないことでもないから。本当?」
「ほんまどすたら」
「ヘへ」と、いっていたが、私はむらむらとむきになってきて、体中の血が凍るような心地になり、寝床の上に腹這《はらば》いに起き直って、
「いつ? 近いこと?」追っ掛けて訊《たず》ねた。
すると女は、いよいよ落ち着いて、
「ええ、ちょっと半歳《はんとし》ほどになります」
「じゃ、私が一年半も来なかった間のことだな」といったが、私は自然に声が上ずったようになるのを、わざと心で制しながら、「じゃ、おかあはんも喜んでいるだろう。どんな人間の子? お前にも覚えがあるの?」
「お母はん、悦《よろこ》んではります」
「そうだろうとも。それが、いつか話したお前の病気の時廃めさすといって来た人のこと?……そしてその赤ン坊はどこにいるの? どこかへ里子にでも預けてあるの」
私はもう、何もかもそうと自分の心で定《き》めてしまった。そうすると、胸が無性にもやもやして、口が厭《いや》な渇《かわ》きを覚えてたまらない。そして、そう思いつつ、寝ながら改めて女の方を見ると、いつもの通り、しっとりとした容姿《すがた》をして、なりも繕《つくろ》わず、不断着の茶っぽい、だんだらの銘仙《めいせん》の格子縞《こうしじま》の袷衣《あわせ》を着て、形のくずれた銀杏返《いちょうがえ》しの鬢《びん》のほつれ毛を撫《な》で付けもせず、すぐ傍に坐っている顔の蒼いほど
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