色の白い、華奢《きゃしゃ》な円味《まるみ》を持った、頷《おとがい》のあたりがおとなしくて、可愛《かわい》らしい。私は心の中で、
「どんな男が、この私の生命《いのち》と同じい女に子を生ましたのだろう。なぜ私の子が生まれなかったか。そんなことが万一にもあるかも知れぬからこそ、一日も早く商売を廃めさしたかったのだ。いよいよいけないことになってしまった」
と、そんなことを思っていると、女は、
「その子を見せまよか」という。
「うむ、見せてくれ。どこにいる。男の子か女の子か」
「女の子どす。ほんなら伴《つ》れて来ます」と、いって女は立ち上がった。
どこから伴れて来るだろうと思って、私は女の背姿《うしろすがた》を睨《にら》むように見守っていると、彼女は重ね箪笥の上に置いてあった長い箱を取り下ろして、蓋《ふた》をあけて、その中から大きな京人形を取り出した。
「なあんだ、人を馬鹿にしている」私はそれで、一杯に詰まっていた胸がたちまち下がったように軽くなって、大きな声で笑った。
女もほほと、柔和な顔をくずして静かに笑った。
「ええお人形さんどっすやろ」
私は「うう」と、ただ答えたが、その人形や塗り物の菓子器の彼方《むこう》にいろいろな男の影が見えるような気がした。
女はよく二つ並べた箪笥の前に坐って鍵《かぎ》をがちゃがちゃいわせていたが、
「あんたはんに見てもらいまよか」といって、衣装戸棚の中からいろんな衣類をそこへ取り拡《ひろ》げて見せたりした。大島紬《おおしまつむぎ》の揃《そろ》った物やお召や夏の上布《じょうふ》の好いものなどを数々持っていた。
「大変に持っているじゃないか。それだけあればたくさんだ」
「それら皆、あんたはんにいただいた物で拵《こしら》えましたのどす」母親もいて、次の間からこちらを見ながらそういっていたが、そうばかりでもなさそうであった。
「これもあんたはんので……」と、いいながら彼女は一枚一枚脇へ取り除《の》けてゆくうちに、ついこの間の夜着ていた金茶の糸の入った新調らしいお召し袷衣《あわせ》に手がかかった時、私が、
「それも?」といって、訊くと、なぜか、彼女も母親もそれには黙っていた。
「こんなに持っていれば安心じゃないか」そういうと、母親は、
「まだまだあんたはん、たんと持っていましたのどすけど、上京《かみ》から祇園町《こっちゃ》へ来るようになった時、
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