した。
午前十時三十分には西まはりをして大津の方に歸つてゆく船があるので、その時はいつそ昨日と同じ風景を眺めて歸らうか、二日續いても三日とは受け合はれない梅雨半ばの此の頃の天候は明日になつてまたどう變るかも知れないとさまざまに迷つてみたが、まゝよ、雨が降らば降れ、雨も又奇なりと思ひあきらめて、遂々その一日は竹生島に逗まることにして、それより舟を雇うて島の周圍を一とまはりしてみる。謠曲の「竹生島」に、
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緑樹影沈んで魚木に登る景色あり、月海上に浮んでは兎も浪を走るか、面白の景色や
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といつてゐるのは實景である。島の周圍は全部岩石を築き上げてそれに生ひ茂つた眞青な苔や一つ葉、擬寶珠など名の知れぬ無數の草がその上に生ひ被さつてゐる。その上に又緑の木々が蓊鬱として繁茂し、瑠璃を碎いて溶かしたやうな美しい眞青の水に暗緑色の影を※[#「酉+焦」、第4水準2−90−41]《ひた》してゐる。深い水の底を鯉や鮒などが泳いでゐるのが、よく透いて見える。頭を上げて岩上を見ると上には驚くほど無數の種類の草木が足を踏み入れる隙もないまでに雜然と密生してゐて、中に
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