る。伊吹山や靈仙山や其等の山々が皆昔時の東山道《とうさんだう》の通路を阨してゐたといふことは一望して明かに肯かれる。琵琶湖は是等の湖東の國境に連なる山脈の眺望と、比良岳の翠巒を仰ぐことがなかつたならば、湖水の風景はどんなに平凡なものであつたか知れない。是等の山々をパノラマの如く雙眸に收めてゐることは、琵琶湖をして恰も中禪寺湖や葦の湖などのごとき、高山の中腹に湛へてゐる火山湖の趣きを成さしめてゐる。それと共に湖水を取り卷いてゐる四圍の地が古來人文の中心に近く、また湖東の地が屡※[#二の字点、1−2−22]戰國時代に在つて英雄の爭覇戰の行はれた史蹟に富んでゐるので、自然がたゞ單純な山河としてゞなく豐かな歴史的の感興を以て裏付けられてゐる。
私は右舷の欄干に凭《もた》れて伊吹山の頂にかゝる雲と、その傷ましい薙の跡とをやゝ暫らく見つめてゐた。船はその間にも進航をつゞけて、白鬚明神の社のある明神岬を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐた。明神岬は比良岳の餘脈が比良の北岳から二つに分れて、一つはそのまゝに北に走り一つは本來の比良山脈と殆ど直角を成して湖岸に迫り山崖が汀に突出してゐる處
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