が金糞ヶ岳といふのであらう。それより山勢大いなる波濤の如く南に走つて伊吹《いぶき》山に到つて強く支へられてゐる。伊吹山は北背に其等の山脈の餘波を堰き止めようとして山容やゝ崩れてゐるが、西南に面した部分は急に鮮やかな傾線を引いて、さながら東國と西國との通路を守るものゝごとく、關ヶ原と思ふあたりの狹隘を俯瞰して峙つてゐる形勢が明かに看取される。東海道を往復する毎に、いつも私の強い興味を惹く山であるが、今日は雨後の澄明な空氣の中に夢の如く淡く薄紫の霞を罩《こ》めて靜かに立つてゐる。比良岳の主峰と同じやうに、その頂にも一團の雲がかゝつて、それが何時までも消えようとしない。頂點がどこまで空に達してゐるか分らない。そこに何だか犯し難い神祕を藏してゐるやうで、高山の威重を示してゐる。傷ましいやうな大きな薙のあるのも見えてゐる。西軍の主將石田三成が戰に破れて、あの山の中の洞窟に潛んでゐたといふのは極めてふさはしいといふ一種の悲壯な感じを表はしてゐる。伊吹山の南の方は暫く山脈が斷絶し、更に關ヶ原低地のある南方に至つて再びもく/\と天に支へるやうに隆起してゐる一團の山塊が古の不破の關を固めてゐた靈仙山であ
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