沖の島の翠微が赭土色の斷崖面をいつまでも眼印のやうに此方に向けてゐる。
 湖面は東北に向つて、愈※[#二の字点、1−2−22]遠く濶け、※[#「水/(水+水)」、第3水準1−86−86]漫《べうまん》たる水は海の如く蒼茫として窮まるところは空と水と遂に一つに融けてその他には何物も認められない。やゝあつて多景島と白石島とが遠く水の上に微かな姿を現はしてきた。
 多景島は青螺《せいら》の如く淡く霞み、沖の白石は丁度帆船が二つ三つ一と處にかたまつてゐるやうに見えてゐる。その向うの方にぎざぎざとして入江の影ともつかず、人家の群りともつかず障子に映る影繪のやうに、たゞ輪廓のみ續いてゐるのは彦根から長濱の方であらう。地平線の上は水に煙つてゐて、はつきりとした物が見えないが、その上の方に遠く青空を支へて湖東から湖北の天を繞らしてゐる山の容《すがた》が逶※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]《ゐい》として連なつてゐるのが次第に明かに認められてきた。遠く北國の方から來て、北美濃と東淺井郡との境を長城の如く堅めてゐる山脈は北の方に抽《ぬき》んでゝ高く、深い巒《らん》氣を付けてゐるの
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