さ》の通った男の下駄はどうも柳沢の下駄に違いない。
私は、はっと度胸《とむね》を突いて、「柳沢は昨日鎌倉に行ったはずだが」と思いながらなお女下駄をよく見るとそれも紫の鼻緒に見覚えのあるお宮の下駄らしい。ちょうど女の歩きつきの形のままに脱いだ跡が可愛《かわい》らしく嬌態《しな》をしている。それを見ると私はたちまち何ともいえない嫉妬《しっと》を感じた。そうしてややしばらく痛い腫物《しゅもつ》に触《さわ》るような快《い》い心持ちで男と女の二足の下駄をじっと見つめていた。
そうしてじっと階上《うえ》の動静《ようす》に聴《き》き耳を立てていると、はたして柳沢が大きな声で何かいっているのが聞える。どんな話をしているだろうかとなおじっと聴き澄ましていると、洋食屋の小僧が降りて来た。
私は声を立てぬように、
「おい!」と手まねぎして、「お宮ちゃんが来ているのかい?」
「ええ」
「じゃあねえ、私がここにいるといわずにちょっと宮ちゃんを呼んでおくれ」
小僧は階段《はしごだん》をまた二つ三つ上って、
「宮ちゃんちょっと」と呼ぶと、
小僧が階段《はしご》を降りるすぐ後からお宮は降りて来た。そしてもう
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