うつり香
近松秋江

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)溢《こぼ》れて、

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)この間|鳥安《とりやす》に

[#]:入力者注 外字の説明や、傍点の位置の指定など
(例)※[#「木+靈」、第3水準1−86−29、344−下−16]
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 そうして、それとともにやる瀬のない、悔しい、無念の涙がはらはらと溢《こぼ》れて、夕暮の寒い風に乾《かわ》いて総毛立った私の痩《や》せた頬《ほお》に熱く流れた。
 涙に滲《にじ》んだ眼をあげて何の気なく西の空を眺《なが》めると、冬の日は早く牛込《うしごめ》の高台の彼方《かなた》に落ちて、淡蒼《うすあお》く晴れ渡った寒空には、姿を没した夕陽《ゆうひ》の名残《なご》りが大きな、車の輻《や》のような茜色《あかねいろ》の後光を大空いっぱいに美しく反射している。そういう日の暮れてゆく景色を見ると、私はまたさらに寂しい心地《ここち》に滅入《めい》りながら、それでもやっぱり今柳沢に毒々しく侮辱された憤怒の怨恨《うらみ》が、嬲《なぶ》り殺しに斬《き》り苛《さいな》まされた深手の傷のよ
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