うにむずむず五体を疼《うず》かした。
 音羽《おとわ》の九丁目から山吹町《やまぶきちょう》の街路《とおり》を歩いて来ると、夕暮《くれ》を急ぐ多勢の人の足音、車の響きがかっとなった頭を、その上にも逆《のぼ》せ上らすように轟々《どろどろ》とどよみをあげている。私はその中を独《ひと》り狂気のようになって歩いていた。そして山吹町の中ほどにある、とある薪屋《まきや》のところまで戻《もど》って来ると、何というわけもなくはじめて傍《そば》にある物象《ものかたち》が眼につくようになって来た。そしてその陰気な灰色の薪を積み上げてあるのをじっと見据《みす》えながら、
「これからすぐお宮のところに行こう」私は口の中で独語《ひとりごと》をいった。
 色の白い、濃いけれど柔かい地蔵眉《じぞうまゆ》のお宮をば大事な秘密《ないしょ》の楽しみにして思っていたものを、根性の悪い柳沢の嫉妬心《しっとしん》から、霊魂《たましい》の安息する棲家《すみか》を引っ掻《か》きまわされて、汚されたと思えば、がっかりしてしまって、身体《からだ》が萎《な》えたようになって、うわの空に、
「もうやめだ。もうお宮はやめだ」
 柳沢が、あのお
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