宮……を買ったと思えば、全く興覚《きょうざ》めてしまって、神経を悩む病人のように、そんなことをぶつぶつ口の先に出しながら拳固《にぎりこぶし》を振り上げて柳沢を打《ぶ》つつもりか、どうするつもりか、自分にも明瞭《はっきり》とは分らない、ただ憎いと思う者を打《ぶ》ん殴《なぐ》る気で、頭の横の空《くう》を打ち払い打ち払い歩いて来たのだが、
「これッきりお宮を止《や》めてしまう。柳沢が買ったので、すっかり面白くなくなった」
と、残念でたまらなく言いつづけてここまでの道を夢中のようになって歩いて来たが、それでもまだどうしても止められない愛着の情が、むらむらと湧《わ》き起って来た。そうしてこういうことが考えられた。
強盗が入って妻が汚された時に、夫は、その妻に対してその後愛情に変化《かわり》があるだろうか。それを思うと、それが現在あることというのでなく、ただ私が自身で想像に描いて判断しているだけなのだが、ちょうど今自分の身にそういう忌わしい災難が降りかかって来ているかと思われるほど、その夫の胸中が痛ましかった。
そうしたら夫は、どうするであろう。妻は可愛《かわい》くってかわいくってたまらない
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