のである。しかるにその可愛い妻の肉体《からだ》はみすみす浅ましくも強盗のために汚されてしまった。妻は愛したくって、あいしたくってたまらないのであるが、それを愛しようにも、その肉体は汚されてしまった。その場合の夫の心ほど気の毒なものはない。その時はただじっと観念の眼を瞑《つぶ》って諦《あきら》めるよりほかはないだろうか。私はそんなことまで考えて、お宮も強盗のために汚されてしまったのだ。まして秘密に操を売っているお宮は、明らさまに柳沢が買ったといえばひどく気に障《さわ》るようなものの、柳沢の他に自分が見知らぬ人間に幾たび接しているか分らない。
 そうも思い反《か》えすと、その柳沢に汚されたお宮の肉体に対して前より一層切ない愛着が増して来た。
「そうだ! これから今晩すぐ行ってお宮を見よう」
 そう決心すると、柳沢が今晩もまた行ってお宮を呼びはしないかと思われて、気が急《せ》けて少しも猶予してはいられない。そして柳沢が買ったのでもお宮に対する私の愛情には変化《かわり》はないと思い極《きわ》めてしまうと、もうこれから早く一旦《いったん》自家《うち》に帰って、出直して蠣殻町《かきがらちょう》にゆ
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