くことにのみ心が澄んで来た。
 喜久井町《きくいちょう》にかえると、老母《ばあ》さんは、膳立《ぜんだ》てをして六畳の机の前に運んで来た。私はそれを食べながら、銭《かね》の工面をして、出かけようとすると、
「またどこかへおいでなさるんですか」老母さんは、門の木戸を明けている私の背後《うしろ》から呼びかけた。
「ええ、ちょっと」と、いったまま、私は急いで歩き出した。
 そして先だってお宮の連れ込みで行った、清月《せいげつ》という小さい待合に行ってお宮を掛けると、すぐやって来た。
 一と口|挨拶《あいさつ》をした後は黙って座《すわ》っているその顔容《かおかたち》から姿態《すがた》をややしばらくじいっと瞻《みまも》っていたが柳沢がどうもせぬ前とどこにも変ったところは見えない。肌理《きめ》の細かい真白い顔に薄く化粧をして、頸窪《うなくぼ》のところのまるで見えるように頭髪《かみ》を掻きあげて廂《ひさし》を大きく取った未通女《おぼっこ》い束髪に結ったのがあどけなさそうなお宮の顔によく映っている。そしてその女の癖で鮮《あざや》かな色した唇《くち》を少し歪《ゆが》めたようにして眩《まぶ》しそうに眸《ひと
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