み》をあげて微笑《え》みかけながら黙っていた。
「どうしていた?」
私は、やっぱりじろじろとその顔を見守った。傍《はた》で、その顔を見ている者があったら薄気味わるく思ったかも知れぬ。
「いいい」お宮は何ともいえない柔かな可愛い声を出した。
これが、あの柳沢にどうかされたのだ。と思えば他の男のことは不思議になんとも感じないのに、ただそればかりが愛情の妨げになって、名状しがたい、浅ましい汚辱を感じて堪えられない。
「お前ねえ、私の友達のところにも出たろう。――しかしそれは構わないんだけれど……」
私はじっと平気を装ってからいって見た。
「いいえ。そんな人知らない」頭振《かぶ》りをふった。
「ああ、そりゃお前は知らないかも知れぬ。お前は知らないだろう。けれども出るのは出たんだ。僕がその友達から聞いたんだから」
「いや、知らない。あなたの友達なんか、ちっとも知らない」
「いや、知らないわけはないんだ。お前は知らないんだけど。……四、五日前に、背の低い色の浅黒い、ちょっときりッとした顔の三十ばかりの人間が来たろう」
そういうと、お宮はしばらく思い起すような顔をしていたが、
「ああ、来た。
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