分ってしまえばもうお清なんかに用はない。
「お清さん、主婦《おかみ》さんはどこへいったんだね。大変|遅《おそ》いじゃないか」
「ええ、大変遅うございますねえ、大方活動へでも行ったんでしょう」
「そうか。じゃ僕はまた来ます。お留守にお邪魔しました」
「まあ好いでしょう。お宮ちゃんがいないからって、そう早く帰らなくってもいいでしょう。今におかみさんも帰って来ますよ」
そこを出ると私は心を空《そら》にして有馬学校の裏に急いだ。二月も末になると、もう何となく春の宵《よい》めいた暖かい夜風が頬《ほお》をなでて、曇りがちな浮気な空から大粒な雨がぽたりぽたりと顔に降りかかった。
その待合にいって、私の名をいわずにそっとお宮を下に呼んでもらった。
「便処にゆくことにしてこちらにまいりますから、どうぞ処室《ここ》でしばらくお待ち下さいまし」
物馴《ものな》れた水戸訛《みとなま》りの主婦が出て来て私を階下《した》の奥まった座敷に通した。
間もなくお宮は酒に赤く火照《ほて》った頬を抑《おさ》えながら入って来た。
「あッ、あなたですか。私だれかと思った」
と入りながらちょっと笑顔を見せたが、すぐ不貞
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