み、いやいや今ここでお宮を怒らして喧嘩《けんか》別れにしてしまうとこれまでお宮にやっている手紙を取り戻すことが出来ない。先だっても柳沢の言っていたことに、真野《まの》がある女にやった手紙《ふみ》を水野がその女から取り上げて人に見せていた。他の男が女にやった手紙を女から取り上げて見るのは面白い。水野は腕がある。
そういって、柳沢自身もそんなことをして見たそうにいっていた。私がもしお宮を怒らしてしまうと不貞腐れのお宮のことだから、きっと柳沢に私のことを何とかかとかいうに違いない。そうすりゃ柳沢もますます好い気持ちになってこちらからやっている手紙をまき上げて読むに違いない。女を取られた上にこちらの手紙まで読まれて笑いものにせられるのが残念だ。
と、じっと歯を喰い縛る思いで、また声を和らげながら、
「君が、僕が厭なら厭でかまやしないよ。僕は諦《あきら》めるから」
そういった。けれども私の本心は、こいつにそんなにまで柳沢と見変えられたかと思えば、未練というよりも面《つら》が憎くなって、どうしてこの恋仇《あだ》をしてやろうかと胸は無念の焔《ほむら》に燃えていた。するとお宮は、
「じゃこれから
前へ
次へ
全100ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング