う口ぶりでいった。
「あなた行かなけりゃ厭《いや》!」
「あなたが行かなきゃあッて。お前が自分でいって見ようと言ったんじゃないか」
「…………」
「いって来たらいいだろう。私はもう寝るから」
 二時間ばかり、気まずい無言の時が過ぎた。
「さあ、どうするの。僕はもう寝るよ」私は、勝子にしゃあがれと思いながら促した。
「私も寝る。……あなたが行かないんだもん」
 私は、それと聞いて何という気随な横着な女だろうと呆《あき》れながら、
「はははは、柳沢のところには私が何もゆこうといったのじゃない。お前が勝手にゆきたいといい出したのじゃないか」私は、不愉快をまぎらすようにわざと高笑いを発した。
 お宮は私が立って床を敷いている間もじっと座ったまま何事か深い考えに沈んでいた。そしてだしぬけに、
「私、柳沢さんが好いの」と、泣き声を出した。
 私はそれと聴《き》くと、どうせそんなことであろうとは思っていながらも、自分に対する欲目から、お宮の心は私に靡《なび》いていないまでも、まさか遠くに離れているとも思っていなかった。しかるにさっきからさも思い迫ったように柳沢の家《ところ》にゆきたがっていたあと、そ
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