ぶりに柳沢の家を覗《のぞ》いて見ると玄関に背の高い色の白い大柄な一目に芸者《それ》と見える女がいて、お召の着物に水除《みずよ》けの前掛けをしてランプに石油を注《つ》いでいた。私は先生味をやっているなと思いながら、
「柳沢さんは留守ですか」と訊くと、
「ええおるすでございます」という。
「老婢《ばあ》さんは?」
「お老婢さんもただ今自分の家にいったとかでいませんです」
 芸者《おんな》は、私の微笑《ほほえ》んでいる顔を見て笑い笑いいう。
 そんなようなわけであったから、柳沢はあれッきりお宮をつつきにゆかないものと思っていたのだ。それでちょっと不思議に思いながら、
「お前柳沢の家を知っているの?」と訊ねた。
「ええ、……いや知らないの」
「そうじゃあなかろう」
「真実《ほんとう》よ。知らないの。ただそうかと思ったからちょっと聞いて見たのさ」
 加藤の二階に上って来てからもお宮は初めから不貞腐《ふてくさ》れたように懐手《ふところで》をしながら黙り込んでいた。
「どうしたの……大変沈んでいるじゃないか」
「…………」
「何か心配なことでもあるの?」
「うむ!……あなた私にしばらく何にもいわずに
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