て歩いているうちに、さすがに長く雨を見なかった空から八時ごろになるとぱらぱらと大きな雨粒を落して来た。そして見る見るうちに本降りになって来た。不意を喰《くら》った人群《ひとごみ》は総崩《そうくず》れに浮き足だって散らかっていった。
「ああ好い雨だ。早くかえろう」
夜店の商人《あきんど》が雨を押し上げる思いで怨《うら》めしそうに天を見上げながら、
「もう二時間|遅《おそ》いと早いとで大きな違いだ」と、舌打ちするようにいってつぶやいているのを、私はしっとりとした好い気持ちに聞きなしながらお宮を連れて清月にもどって来た。
平常《いつも》と違って客はないし、階下《した》で老婢《ばあさん》が慈姑《くわい》を煮る香ばしい臭いをききながら、その夜くらい好い寝心地の夜はなかった。
年が改まってからも今までのとおり時々お宮を呼んで加藤の家に泊めた。それでいて私は、お宮を落籍《ひか》すなら受け出してすっかり自身のものとしてしまうことも出来なかった。
「お前、いつまでもこんな稼業《かぎょう》をしていたって仕方がないじゃないか。早く足を洗って堅気にならなけりゃいけないよ」
「ほんとに私もそう思うよ」お
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