女《ひと》さ」
「ああ、そりゃ菊ちゃんだ。あなたあんな女好き?」
「ああ好きだ。いいねえ丸髷は。宮ちゃんお前も丸髷に結《ゆ》うといい」
「私|嫌《きら》い!」そういいながらお宮はついと退《の》いた。
二人はまた黙って別れ別れに歩いた。鎧橋を向うへ渡って山栗《やまぐり》の大きな石造の西洋館について右に曲ると電車の響きも絶えて、株屋町の夜は火の消えたようにひっそりとしていた。凍《い》てついた道に私たちの下駄を踏み鳴らす音が、両側の大戸を閉《し》めきった土蔵造りの建物にカランコロンとびっくりするような谺《こだま》を反《かえ》した。
私はせっかくの思いでお宮と一緒に歩いていながら、女の方が思うように自分に対して和らかに靡《なび》いて来ぬのが飽き足らなくって、こっちでも拗《す》ねた風になって、怠儀そうにして歩いてるお宮を後にしてさっさっと兜橋《かぶとばし》の方に小急ぎに歩いた。
するとお宮は「あなたどこへゆくの?」と歯をすすりながら後から声をかけた。
「ねえ、あなたどこへゆくの?……待って頂戴《ちょうだい》よ」
私はその声をきくといくらか気持よく感じながら、人通りのぱったりと途絶えた暗闇
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