ったようにいう。
「そうか。じゃもっと歩きいい静かなところをゆこうよ」私はまた横丁に曲りかけた。
「そっち厭!」
「じゃどっちだい?」
 お宮のふてぶてしい駄々《だだ》ッ児《こ》を見たような物のいい振りや態度《ようす》に、私は腹の中でむっとなった。
「どっちでもゆくさ」
「だってお前、私のゆくという方は厭だというじゃないか」
 そういって、私は勝手にずんずん人形町通りの片側を歩いていった。
 そうして水天宮《すいてんぐう》前の大きな四つ辻《つじ》を鎧橋《よろいばし》の方に向いて曲ると、いくらか人脚《ひとあし》が薄くなったので、頬を抑えながら後から黙って蹤《つ》いて来たお宮を待って肩を並べながら、
「宮ちゃん、さっき君の家《ところ》で階段《はしごだん》の下に突っ立っていたあの丸髷に結《い》った女《ひと》は何というの」
 私は優しい声をして訊《たず》ねた。
「だれだろう? 丸髷に結っていた。……家には丸髷の人多勢いるよ」
「そうかい。いいねえ丸髷。こう背のすらりとした。よく小説本の口絵などにある、永洗《えいせん》という人が描《か》いた女のように眉毛《まみげ》のぼうっと刷《は》いたような顔の
前へ 次へ
全100ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング