《くらがり》を今までよりもなお急ぎ足に走った。
「ねえ。ようあなた。どこへゆくんです?」お宮は躍起になって後から走って来る様子である。私はお宮がそんなにしているのが分ると、さっきから一ぱいに塞《ふさ》がっていた胸がたちまち和らかに溶けて軽くなったようになった。そして兜橋の上まで来ると欄《てすり》に凭れてお宮の追っかけて来るのを待っていた。
「あなたどこへゆくつもり? こんな寂しいところに人をうっちゃっておいて」むきになって傍《そば》に寄って来た。
「どこへも行きやしないさ。お前が怠儀そうにして歩いているから私は一緒に歩くのが焦《じ》れったくなったばかりさ」私は冷やかな口調でいった。
「…………」
「私、これから帰って、清月にいって菊ちゃんを呼んでもらおうかしら!」独語《ひとりごと》のように考えかんがえいってやった。
「あの女、君とちがって何だか優しそうだ」そういいながらも私の心の中はお宮に対して弱くなっていた。
「そんなによけりゃ呼んだらいいじゃありませんか。さっきから菊ちゃんきくちゃんて、菊ちゃんのことばかりいっているんだもの」
 暗黒《やみ》の中に恐ろしい化物かなんぞのように聳《そ
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