た今でも、それを聞けばお前は、またかといってさぞ顔を顰《しか》めるであろうが、年暮《くれ》に入用があって故郷《くに》から取り寄せた勧業銀行の債券が昼の間に着いたので、それを懇意な質屋にもって行って現金に換えた奴を懐中《ふところ》に握って、いい気持ちになりながら人群《ひとごみ》を縫うて通った。
そして三原堂で買った梅干あめを懐中にしてお宮の家の店先から窺《のぞ》いた。
狭苦しい置屋の店も縁起棚《えんぎだな》に燈明の光が明々《あかあか》と照り栄《は》えて、お勝手で煮る香ばしいおせち[#「おせち」に傍点]の臭《にお》いが入口の方まで臭うている。
早くに化粧《みじたく》をすました姿に明るい灯影を浴びながらお座敷のかかって来るのを待つ間の所在なさに火鉢の傍に寄りつどうていた売女《おんな》の一人が店頭《みせさき》に立ち表われた。
「お宮ちゃん内にいるのはいますが……」
「出られないでしょうか」
「雪岡さんかい?……どうぞお上んなさいと、そうおいい」奥の茶の間から主婦《おかみ》の声がした。
「どうぞお上んなさい。宮ちゃんいます」売女は主婦の声をきいてそういった。
「さあ、どうぞ。……蒲団《ふと
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