鼻とであったが、お宮がちょいちょい私の二階に泊りに来るようになってからは、一層気をつけて柳沢の家へは立ち寄らぬようにしていた。たまにそれとなく入っていって柳沢の留守に老婢《ばあ》さんと茶の間の火鉢《ばち》のところで、聞かれるままにお前の噂《うわさ》ばなしなどをしたりして、ついでに柳沢の遊ぶ話など老婢さんが問わず語りにしてきかすのをきいても、それからお宮のところへはあまり凝ってゆかぬらしい。
私は、とにかくにお宮を自分の物にしたような気になっていた。
三日ばかり間を置いて、お宮が病気で休んでいるという葉書をよこしたので、私は親切だてに好い情人《いろおとこ》気取りで見舞かたがた顔を見にいった。
平常《ふだん》でさえ賑《にぎ》やかな人形町通りの年の市はことのほか景気だって、軒から軒にかけ渡した紅提燈《べにぢょうちん》の火光《ほかげ》はイルミネーションの明りと一緒に真昼のように街路《まち》の空を照らして、火鉢や茶箪笥《ちゃだんす》のような懐かしみのある所帯道具を置き並べた道具屋の夜店につづく松飾りや羽子板の店頭《みせさき》には通りきれぬばかりに人集《ひとだか》りがしていた。
他人になっ
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