はる手をつづけていた。
あんなに私がしおれて正直に出たのだからお前の老母《おっか》さんがよもや嘘《うそ》をいいはすまい。そうすると嫁いているに違いない。嫁づいているとすれば、返すがえすも無念だ。そう思うとその無念やら怨恨《うらみ》やらは一層お宮を思い焦がれる情を切ながらした。
お宮のいる家の主婦《おかみ》とも心やすくなって、
「雪岡さん親切な人だ。大事におしよ」と、いっていたというのをお宮の口からよく聴いた。
「自家《うち》の主婦さあ、雪岡さんのとこなら待合にゆかないでもあっち行って泊らしてもらっといでと、いっているのよ」
「そうか、じゃ僕のところに来てくれたまえ」
その内私は加藤の家の主婦にも事故《ことわけ》を話して点燈《ひともし》ごろから、ちょうど今晩嫁を迎えるような気分でいそいそとして蠣殻町までお宮を迎えにいった。
帰途《かえり》には電車で迂廻《まわりみち》して肴町《さかなちょう》の川鉄に寄って鳥をたぺたりして加藤の家へ土産《みやげ》など持って二人俥を連ねて戻って来た。
「それは御無理はありません。七年も八年も奥さんのおあんなさった方が急に一人者《ひとり》におなんなすっ
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