も》い起していけないから」
と、そういっていたというのを思い浮べたから、私は外の通りに出て古道具屋を探《さが》したが、一軒近くにあった家では亭主が出ていて、いなかった。それでまた「え、面倒くさい!」と思って老母さんのいうがままにうっちゃらかしてとうとう喜久井町の家を出て加藤の家へやって来た。
加藤の家では主婦《かみさん》が手伝って小倉と二人がかりであの大きな本箱を二階に持って上って置き場を工夫しているところであった。
南向きの障子には一ぱい暖かい日が射《さ》して、そこを明けると崖下《がけした》を流れている江戸川を越して牛込の窪地《くぼち》の向うに赤城《あかぎ》から築土八幡《つくどはちまん》につづく高台がぼうと靄《もや》にとざされている。砲兵|工廠《こうしょう》の煙突から吐き出す毒々しい煤煙《けむり》の影には遠く日本銀行かなんかの建物が微《かす》かに眺められた。
私は、そこの※[#「木+靈」、第3水準1−86−29、344−下−16]子窓《れんじまど》の閾《しきい》に腰をかけてついこの春の初めまでいた赤城坂の家の屋根瓦《やねがわら》をあれかこれかと遠目に探したり、日本橋の方の人家を
前へ
次へ
全100ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング