いものはない。それでもよく黒くなったのを出す家がありますよ。私はあんな人気が知れない」
 そういって割箸の新しいのなどには欠かさなかったお前の効々《かいがい》しい勝手の間の働き振りなどを、私はふと思い起してしばらくうっとりと鼠入らずの前に立ち尽して考え込んでいた。すると、
「なんです?」
 老母《ばあ》さんが四畳半の部屋から顔を窺《のぞ》けて私が鼠入らずの前に突っ立って考えているのを見て
「あなたその鼠入らずまで持っておいでなさるんですか? それはおすまにやるんじゃありませんかおすまにやるとおいいなすったんじゃありませんか」
 口の中で独語《ひとりごと》でもいうようにぶつくさいった。
 私は癪に障ったから、道具屋を呼んで来てそいつを叩き売ってやろうという考えが起った。
 なるほどこれはお前にやるとはいったことはあるようだが、矢来の老婆《ばあ》さんのところに来ての話しにも
「お姑《ば》さん、こんど雪岡が来たら、そういって所帯道具などは安い物だ。後腐りのないように何もかも売ってしまうようにいって下さい。あんな物がいつまでも残っていてしょっちゅう眼についているとかえっていろいろなことを想《お
前へ 次へ
全100ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング