かぎり此家《ここ》を出てゆきます。もう此家を出てしまえば私とおすまやあなた方との縁もそれで切れてしまいます。七年の間には随分あなたやおすまに対してひどいことをいったこともありますが、それは勘弁してもらいます。……私も出て行ってしまえば、もうおすまをどうしようとも思いませんから安心して下さい。……真実《ほんとう》におすまはどうしているんです。私がこうして綺麗に引き払って出てゆくんですから、それだけ言ってきかしたって別条ないでしょう」
 私は心から詫《わ》びるような気になって優しくいった。すると老母さんはどう思ったか、きっとそんな言葉には何とも感じなかったろうが、膳を置いてゆきがけに体《からだ》を半分襖に隠すようにして
「おすまは女の児の一人ある年寄りのところに嫁《かたづ》いています……」
 老母さんの癖で言葉尻を消すようにただそれだけいって、そのまま襖をぴたりと閉《し》めて勝手の方へ行ってしまった。
 私はそれを聴《き》くと一時《ひととき》に手腕《うで》が痲痺《しび》れたようになって、そのまま両手に持っていた茶碗《ちゃわん》と箸を膳の上にゴトリと落した。一と口入れた御飯が、もくし上げて来
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