兵衛」
「好い名だわねえ」
「うむ、好い名だろう」
 柳沢は、まるで人が違ったように気軽に饒舌《しゃべ》っていた。
「今日お前はいつものよそゆきと違って大変|直《ちょく》な生《うぶ》な身装《なり》をしているねえ」
 私は、お宮を見上げ見下していった。
「うむ。僕は、あんなお召や何かあんな物を着たのよりも、こんな風をした方が好きだ。……君は好い着物を持ってるねえ」
 柳沢がよくいいそうなことをいった。
「そう。これがそんなにあなたに気に入って?」お宮は乳のまわりを見廻《みまわ》しながらそういって、柳沢の方を見守りつつ、
「あなたも今日は大変好い着物を着てるねえ。……今日はあの絣を着て来なかったの。あれが私大好き。活溌《かっぱつ》で。……だけどその着物も好い着物だわ。こんど拵《こしら》えたの?」
「うむ。いいだろう」柳沢も自分の胸のあたりを見まわして、気持ちよさそうに言った。
「私もこんど好い春着を拵えたわ。……もう出来て来たわねえ」
 お宮はも一人の小女をちょっと誘うように見ていった。
「どんな着物だい?」私は黙っていた口を開いた。
「どんなって、ちょっと言えないねえ。羽織は縮緬《ちりめ
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