笑《えくぼ》を刻みながら、眩しいような長い睫毛《まつげ》をして
「どうしていたの? あなた。しばらくじゃないの」
やっぱり柳沢の方に向ってそういいながら餉台《ちゃぶだい》を挟《はさ》んで柳沢と向い合って座った。そしてその横手に黙って坐っている私の方をチラリと振り向きながら、
「いらっしゃい!」と、一口低い調子でいった。
「よく売れると思われていつ来たっていないね」柳沢はじろじろお宮を瞻《みまも》りながらいった。
「あら、あれから来たの。だって来たと言わないんだもの」
「僕は来たって、来たということを誰にもいわないもの。名なんかいやあしないもの」
そういう名をこんな土地で明かして、少しでも女に好かれようとするようなことは自分はしないのだといわぬばかりにいった。
「あなたの名は何という名?」
「俺《おれ》には名なんかないのだ」
今にも対手《あいて》を噛《か》み付くような恐ろしい顔をしていながら柳沢はしきりに軽口を利いて女どもの対手になっていた。
「じゃ、名なし権兵衛《ごんべえ》?」も一人の十六、七の瓢箪《ひょうたん》のような形の顔をした口先のませた女がいった。
「ああ、僕は名なしの権
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